師走浪人セブン
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費用対効果
ミルキーはどういう宣伝をうつよりも、歯の詰め物がとれにくくなったことをアピールした方が売れ行きは伸びると思う。



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てーきゅう
今のセリフ聞き取れなかったと、10秒巻き戻しのボタンを一度押しただけでものすごく話が戻される不思議。
10秒なのにっ……!



えとたま
ラムダッチャさんを思い浮かべた人は正直に手を挙げましょう。

ところで絆創膏はどこだニャ?
と思ったら左膝にあった。

にょはやめろ! にょは! キャラが定まらないどころかキャラがかぶるから!



ああ!
デュラララのタイトルってデュラハンからか!
なんで今さら気がつくねん!



-10gキャンペーン
スーパーに行くとパッケージがリニューアルされた商品をちょくちょく見かけるわけですが、
新春だからではなく、量を減らすのが目的となってるなぁ。



弁当戦略
グーテン・ターグ!
寝てない変なテンションです。
テレビを見てたらデパ地下の弁当が野菜を13種類使ってどうのこうのとやっていましたが、
ひとつの弁当にたくさんの野菜を入れるのはコストの上では不利なので、
むしろ「朝昼夜と、これとこれとこれを食べれば野菜は十分!」みたいにすれば昼以外の時間帯にも弁当を買わせることができると思うのですよ。
もしくは、普段とりにくい栄養の入った野菜を集中的に使う、とか。



この時期にあえて映画について語る、その2
マトリックスという映画はキリスト教への批判、もしくは疑問視という側面もあります。
キリスト教において、人は神の栄光を増すために存在している。
神への祈りを最も効率的に『採取』するためのシステム、それがマトリックスなのです。
反乱軍やネオの存在すらも、マトリックスによる最適化の要素でしかない。
ただ仮想現実の話だと思っていると、本質を見誤る。

主神に対して従属神である女神がゲームを仕掛ける、というネタはディアナ・ディア・ディアスでもありましたが、
何か元になるような神話でもあるのか気になるところ。



この時期にあえて映画について語る
ブレードーランナー(原作は未読につきこの呼び名で)が偉大なのは、物語をハンターの側から描いたことなんですよね。
だから、作中でレプリカントの寿命は四年しかないことが語られ、観客はどこかほっとしたような感情を抱くことになる。
しかし、この映画を見終わった時、レプリカントとは労働者階級そのものを象徴していることに気づかされるのです。

見た目では人間と区別がつかないレプリカントという存在を扱うにあたって、設定の上でも十分な注意が払われています。
まず、人間社会からは切り離されている。
レプリカントはもっぱら火星での労働に使われ、地球上では普及していません。
そして、レプリカントが人間社会に紛れ込んだ場合も、人間と区別する方法が存在しています。

自分たちの命を延ばす方法はないと知らされ、泣きそうな顔をしながら生みの親の両目をつぶして殺すレプリカント。
感情が芽生えたゆえに殺されようとしていながら、感情が芽生えたから殺すことをやめたのか。
自分の死を間近に感じたから殺すのをやめたのか。
ルトガー・ハウアーという役者もあいまって、ロイという存在には色々と思いをはせる価値があります。



ユリ熊・最終回
「あなたの好きは本物ですか?」
という問いは、もう一度ゼロから始めても同じ関係になれるのかという意味だったわけですな。
本物という言葉は、偶然性を排除してなおそこに残ったものを指すと。

人魚姫・ハッピーエンド版ですな。
「王子様を人魚にしてください!」
最初の願いが間違っとったんや!
でも、ハッピーエンドにはその間違いが必要だったのかも。
愛は傲慢。愛は無償。矛盾に満ちた概念。
後者だけの人魚姫は泡となって消えました。

中島みゆきの「あした」の歌詞を思い出します。
心だけになっても愛してくれますか?
愛は全てを求め、なおかつ全てを与える。

テーマ的には、約束のキスは三頭身の熊の姿でやってほしかった。
そうだったら号泣してましたわ。

ゲス熊とツインテールのところはザ・フライ2で実験に使われていた犬を思い出しました。
結末は逆ですけど。
『いたわりつつ殺す手を見たことのない者は、人生をきびしく見た人ではない』
現代的価値観の中で物語を作る時にはニーチェは避けられませんな。

純花=アンシー説は、ゲームマスターという意味では当たっていたかも。
ただし、その役どころは真逆ですな。人をたぶらかす者ではなく、救いの主として。



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