師走浪人セブン
『コメディーを恐れるな』
私が泣かされた映画の二つ目。それが『ヤコブ・ザ・ライアー』です。
邦題は『聖なる嘘つき』ですが、個人的にこちらのタイトルはあまり好きではない……。


舞台は第二次世界大戦中のユダヤ人居住区。
そこでは外との行き来や連絡は禁止され、無線機はおろかラジオでさえ所有が禁じられていました。
完全に外部から隔離された状況下で、ユダヤ人たちは明日の我が身も知れず、
不安な日々を過ごしていたのですが、

そんな中、主人公のヤコブはドイツ軍本部で
『ソ連軍が東から侵攻してきている』
という通信をたまたま耳にします。
それを友人に話したところ、瞬く間に噂はユダヤ人の間で広まり、
ついには「ヤコブがラジオを持っている」という尾ひれまでつき、
誰もがヤコブの元へ戦況を聞きにやって来るようになります。

最初こそ景気のいい話をでっち上げていたヤコブでしたが、
やがて嘘をつき続けることに耐えられなくなり、神父に相談をもちかけます。
そこでヤコブはこう告げられるのです。
「以前は毎日のように自殺者が出ていた。
 だが、今は違う。
 君がラジオの話を始めてからはゼロなんだ」
神父に諭され、ヤコブはソ連軍の快進撃を伝え続ける決意をするのですが……。


死と隣り合わせの毎日でありながら、その中にもささやかなユーモアが描かれるなど、
他の陰鬱な展開ばかりが続くユダヤ人迫害ものとは多少毛色の違う映画です。
その理由はコメンタリーによって明らかにされています。
実はこの映画、比較的小さな制作会社の手によるもので、ユダヤ系資本が入っていないのです。
そのため、この手の映画では執拗なほど定番となっている、
最後にドイツ軍将校が鉄条網の中でうなだれてたり、獄につながれたり、銃殺されたり、
とにかく復讐される場面はありません。
誰かにとって都合のよい歴史観を観客に刷り込もうという意図はなく、ただ物語のために作られた映画です。
ソ連軍が解放者として描かれている点なども、本当にタブーを怖れずに撮ったという印象ですね。

主演はロビン・ウィリアムス。ここからこの映画にたどり着く方も多いでしょう。私もそうでした。
両親とはぐれた少女をかくまい、まるでそこにラジオがあるかのように演じてみせるシーンは、
氏の代表作である『グッドモーニング、ベトナム』のDJシーンを思わせます。

日本人にはこういうものを不謹慎と受け取る感覚があるのか、日本での評価はあまり高くありません。
しかし、どのように苛酷な日常の中にもささやかなユーモアはあるものです。
ナチス憎しの一辺倒にあるナチス映画の中にあって、
その点を怖れずに表現したこの映画に、私は喝采を送りたい。

特にラストシーンは私にとって思い出深いものとなりました。
収容所へ向かう貨物列車の中で、少女が目にしたものは何だったのか。
泣けました。「ありえねぇ〜」とか笑いながら、涙が溢れてきました。
本当にありえないです。でも泣きました。

最後に、それでもユダヤ人迫害ものはあくまで陰惨に描かれるべきだ、
こんなものは不謹慎だと仰られる方のために、
原作者はゲットーと収容所を生き抜いたユダヤ人であることをここに記しておきます。
先入観にとらわれることなく楽しんでいただきたい映画です。

http://www.sonypictures.jp/archive/movie/jakob/



『自分のすることを愛せ』
世に感動物は無数にありますが、そういうものに共感すると負けたような気がするので、
基本、涙はこらえるのですが、それでも映画で二度ほど泣いたことがあります。

そのひとつが『ニュー・シネマ・パラダイス』です。

タイトルは耳にしたことがある、という方は多いと思います。
イタリアはシチリア島の小さな町を舞台に、
そこで唯一の娯楽とも言うべき映画館で映写技師をしているアルフレード爺さんと、
そこへよく遊びに来る少年トトの話です。

物語に大きな起伏や、はらはらするような展開はありません。
ただ淡々とした日常が続きます。
しかし、映画が好きで好きでたまらないトト少年のイタリア人らしい愛嬌、
頑固なアルフレード爺さんが時折見せる茶目っ気、弦楽器を主に用いた映画音楽、
映画黎明期へのノスタルジーをふんだんに盛り込んだ欧米映画らしい秀作です。

本当に長い映画です。途中で退屈を憶える方もあるでしょう。
しかし、その先には映画史上に残るラストシーンが待っています。
この映画がなぜ名作と呼ばれるのか、誰もが理解することでしょう。
私は微笑みながら泣きました。
トト少年のように笑いながら、後から後から涙がわいてきました。
感動の意味を教えてくれる名作です。

http://n-c-p.jp/



群青学舎
再販になった『なるたる』を新年会の当日に本屋で見つけ、その場で全12巻を大人買い。
今にも破けそうな紙袋を手にうろつく自分。馬鹿丸出し。
そんな正月休み最終日の1月3日でしたが、一緒に直感で買った『群青学舎』の1、2巻を本日読了。
購入の動機となった『白い火』はちょっと拍子抜けでしたが、他にも琴線に触れるものがあったので満足。
お気に入りは『先生、僕は』『ピンク・チョコレート』『ニノンの恋』あたり。

特にニノンの恋はイイ! ニノンかわいいよニノン。
サミーの元へ慌てて走る時の不安そうな顔とか、手紙を読まれて泣き崩れてるところとか、
泣き腫らした瞼で玄関から出てくるところ、すぐに気持ちを立て直して手紙を書くところも。
ニノンの恋に冒険を入れるか、ラピュタにもう少しキャラの内面を加えるかすると
ちょうど私のど真ん中になりますね。
仲間内からも奇策をろうする作風と誤解されてる私ではありますが、どちらかというと王道好きなんですよ。
ホントホント。エロゲではなかなか本領を発揮する機会がないだけで。

『続ピンク・チョコレート』はちょっと蛇足っぽかったかなぁ。
都さんのキャラも少し変わってる感じがしますし。
話としては好きなので、ピンク・チョコレートとは別にやってほしかった。
都さんには、化粧気のない眼鏡さんが自分のツボのひとつだと改めて自覚させられました。
そういや同級生2の時も、みのりはコンビニにいる美人モードより地味モードの方が好きですし。
立ち絵はちょっとやりすぎの感もありますが、しゃがんで花壇を見つめてるイベント絵には心震えましたね。
横顔とか、もう最高。

糸目キャラもなにげに好きだしね!
ハーレムブレイドの杏仁とか、はやて×ブレードの月島みのりとか!
最近の画一的な流行の中ではなかなかこういう可愛さに巡り会えないのが残念。
まあ、普通の萌えキャラも好きなわけですが。
ただの何でも食いだな、私。


猫といえば
南方で仕事してるとよく見かけるんですよ。路上で猫。
ビジネス街なので食べ物屋とかいっぱいありますからね。
あいつら、自分の素早さに自信持ちすぎ。
やめてやめて、危ないからやめて、車見てよ来てるでしょだからなんで前しか見てないの!?
もう胸がつぶれそうです。無事に渡りきるまでその場に立ちつくしてしまいます。
無理に渡ろうとしようものなら声が出てしまいます。
車が来てるのに渡る寸前だったら、足を踏みならして出鼻を止めます。
しかし、何ヶ月かに一度は見てしまうんですよ……。
誰かお願い、あいつらに信号の見方を教えてあげて。あと、車は意外と速いんだって。
ホント頼んます。
ドラえもぉおおん!!


だからリガミリティアのカミオンがカサレリアで会ったカテジナはカテ公だってこと!
同世代のご多分に漏れず富野ガンダムが好きで、
かといって原理主義というわけでもなく、
一番のお気に入りはVガンダムだっりする私ですが、
ガンダムシリーズといえば初代、Z、ZZ……からOOまで、
数え上げるだけでも両手両足で指が足りるのか不安になるほどで、
その評価もまあ様々なわけでありますが、
それら全てとは言わないまでも、テレビ放送分はだいたい観てきた私としましては、
果たして、富野ガンダムとそれ以外ではどこが違うのだろうかと思案してみるに、
個々の趣味趣向はあれど、なるべく客観的に差異を見出すとすれば、それは、
富野ガンダムは世界を、他は戦況を描いている点にあるのではないかと思う次第なのです。

まあ、シリーズの中には、原作者とでも言うべき富野監督の作風に
近づけようとしているものもいくつか見受けられますが、
セリフ回しなど表面的なものを真似てみても何か違和感が拭えない、
というのはつまりはそういうことなのであろうと。
むしろ、魂だけ引き継ぎ、見た目は跡形もなく変えてみせるのが
作り手としての礼儀ではありましょう。

面白いものを見つけたら、目の前にあるそれを眺めつ透かしつ、
これのいったいどの部分が面白いのかしきりと首を傾げ、
おもむろに槌を手に取って叩き、砕いて砕いて、
もうそれ以上は細分化できないところまで粉々にし、
その破片の中に隠れたきらきらと光る粒を取り上げ、
それを核として再び別のものを構築していく。
物語を作る者の仕事とは概ねそうあるべきであろうと、
思いながらも今の我が身を振り返り、
またつまらぬ物を斬ってしまったと抜き身を鞘に戻すのであります。
南無。